聴覚過敏と向き合ってます。

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コロナ後遺症

こんにちは、ヒョーかるです。私は福祉業界で適応障害や休職、復職を経験し、転職をしました。飄々と軽々と過ごせるような適応障害との暮らし方や気づきをお届けします。

今回は、コロナ後遺症として覚過敏と向き合っていることを書いていきたいと思います。私の経験談を中心にお伝えします。

2024年8月中旬、私自身初のコロナウイルス罹患し、現在はコロナ後遺症として3ヶ月強になるであろう休職をしています(11月現在)。現在も症状が継続しているので、自宅療養や日常生活を送れるよう活動をしています。

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はじめに

前回の記事の最後で、聴覚過敏になったことをお伝えしました。

現在も続いているのですが、一番辛い時より変わってきました。初めてのことで耳が過敏になることで困ることや試してみたことを書いていきたいと思います。

長いので、お時間のある時にお読みください。

どんな音が辛いのか

  • 食器同士や食器にスプーンやフォークが当たる音。
  • 氷をガラスの容器に入れる音。
  • プラスチック容器やビニール袋を動かす音。
  • 高い音や声のするテレビや人(子ども・女性)の声。
  • 車(特にバスなどの大型車)のエンジン音。
  • 工事現場の足場を組み立てる音。
  • 犬が吠える声。
  • 早口や笑い声、大きい声。
  • 食器洗いやトイレなど水が流れる音。
  • 交通機関のアナウンス、列車が通り過ぎる音。
  • 救急車などのサイレン、踏切音。
  • 選挙カーのスピーカー音。
  • 自分の声。

こんなところが耳に刺さって痛かったです。頭も痛くなり、体力が消耗していくことが辛かったです。

思ったこと

コロナ後遺症の様々な症状に対して

「予測不可能なものが出てくるものだ」「出てきたら出てきたで向き合ってみるか」と柔軟に捉えていたのですが、なんでしょうね、柔軟に対応することにも疲れてしまい

「私は日常生活が送れる体になるのだろうか」と。

気持ちが落ちましたが、適応障害の休職で教えてもらった思考の柔軟さや捉え方のカードが増えた状態で、あの頃よりは深くメンタルを落とすことはなかったです。しかし、繰り返される出来事に参ってしまったのだと思います、子供のように「私は日常生活が送れるのかな?」と泣きました。

何よりも最初に愕然とした思いが2つありました。

「友達と通話もできない」

「声を出して歌うことができない」

今までできていたことができない、というよりは、好きな人たちに会えない・好きなことができない苦しみがありました。

「コミュニケーションはチャットやLINEなど文字が使える!」

「自分の声が耳に痛いなんてことあるんだ…」

「仕事も人と関わらなくて済む内容を考えていった方がいいんだろうな〜」

「そうすると、今までやってきた仕事ができなくなるのか…」

見方を変えて捉え直しては、現実的に向き合ってしょげたり。

お世話になっている実家でも、扉を閉じて音の少ない部屋で過ごす日々。音に晒されると痛いしすぐ疲れてしまうので、自主的に引きこもっていました。

1人の時間も好きですが、人と関わることでもエネルギーをもらえる私は、人との関わりが少なくなることで気力が減っていきました。その中で私ができることは「何かできることはあるんじゃないか?」と情報を集めることです。

聴覚過敏の人たちはどうしているのかな

たくさん調べた中で、私が第一ステップとして取り入れたのは、次の5つのアイテムを使って「今は何がダメで何が大丈夫なのかを確かめること」でした。

  • イヤフォン
  • ヘッドフォン
  • お気に入りの動画や音、音楽
  • 聴覚過敏バッジ(サムネイルの写真です)
  • 飲み物

聴覚過敏の人は耳栓とイヤーマフを使って音を入れないようにして過ごしていることがわかりました。それでも辛い時は音楽を流し、なるべく人混みは避け、静かな環境を選びます。

とても心強かったのが当事者の人が作っている「感覚過敏研究所」にあった「聴覚過敏バッジ」です。私にとっては「ヘッドフォンを付けているけど、音楽を聴いているわけではないんだよ」というお守りの存在でした。

私がやったこと

  • 音の少ない道をどれだけ歩けるか
  • どの環境(時間帯・人の人数・路線)が移動には良いのか
  • 外食先に入れるのか
  • 人混みは何分居られるのか
  • どんな水の量であれば食器洗いやシャワーはできるのか
  • どの程度、自分の声を出していいのか
  • どんな環境であれば人と会えるのか
  • 自分がいる場所にスピーカーはあるのか
  • テレビや電話の音量はどのくらいがいいのか
  • どのくらい音に晒されると体が疲れてくるのか

音の鳴るイヤフォンを耳の穴に入れ、その上からヘッドフォンをする。聴覚過敏バッジをつけて玄関を出発。外を歩いたり交通機関に乗ってみたりしました。耳に響く音がない場所を選択する作業が増え、響く音が突然来ることもあり(例:後ろから車やバイクが走ってくる)、怯えながら選択に気を張って歩きました。

初めの頃は人に話しかけられると声量に驚いてしまったので、なるべく人も少ない場所を選びました。気を配る必要がないことに気を張るので、途中で立ち止まり、飲み物を飲んで呼吸を整えることが必須でした。

心臓がバクバクした場面は、交通機関に乗った際、女性同士が楽しそうに話をしている空間になった時でした。楽しそうな甲高い声が耳に刺さること、車内アナウンスの音も重なってなることで「あ、ここで音楽を流す必要があるんだ」とバクバクしながら安心する音を流しました。この時は深呼吸をする気持ちの余裕もなく、膝の上で拳を作って耐えるしかありませんでした。

そうすると、耳からの情報が遮断されるので安心はするのですが、他の感覚を使って安全を確認したり人や物を把握することが必要なことに気付かされました。道路を渡る前に視覚で安全確認を数回行う。耳を防音していると、どのくらいの声量で自分の声を発しているかわからないので、座席から動く時に周りを見たり、相手の顔を軽く見たり。いかに今まで聴覚に頼って行動していたのかに気づきました。

また、難聴の人が行うコミュニケーションの中に、AIで音声認識をし文字起こしをするアプリを使用していることを記事で知りました。

実際、使うことはなかったのですが、こちらを参考に

「コロナで聴覚が過敏になってしまい、ゆっくり低めの声で話してもらえると助かります」と大文字画面のスマホを見せながら自分の声でも伝えることでスムーズにやり取りできる場面もありました。

また、記事の中で「街中には他の音がたくさんあって、話し声が聞こえにくい」という状況が書いてありました。これは後述する「できることが増えたことでの次の課題」で向き合うことになりました。

耳鼻科では聴覚に問題はなし

地域の耳鼻科では、一般的な聴力検査・骨伝導での聴力検査・三半規管の状態を見る検査から聴覚の機能は問題がないことがわかり、より明確な原因を知るために大学病院を紹介してもらいました。私の既往歴に「適応障害があること」で心因的な原因もあるかもと言われました。

大学病院でも聴覚機能には問題がありませんでしたが、聴覚に通じる神経または筋肉に影響がある可能性があるので、難聴科に繋げる方向になりました。聴覚過敏で仕事に戻る際、配慮が必要なことを相談するとしたら精神科か心療内科にかかることを聞かされました。これについては後述します。

協力があってできたこと

  • 事情を知っている人と声のボリュームを調整してもらうことで短時間話ができたこと。
  • 友人たちとチャットのみのオンラインでゲームをすることで繋がれたこと。
  • 友人たちや近しい人と静かな環境で会って短い時間から過ごしたこと。
  • 安心できる人たちがいる人混みにチャレンジして、短時間でも過ごしたこと。
  • 安心できる人とダメなら戻ろうとできる環境で外出できたこと。
  • 安全な環境で話をする時間や空間に出向けたこと。

この積み重ねがあって「大丈夫」という経験、「慣れる」という経験が私を前に進ませたり、時に挑戦に疲れたので、ひとやすみしたりと向き合うことができたと思っています。一人ではできないことばかりでした。本当に周りの人に恵まれたなと感謝の思いでいっぱいです。

できることが増えたことでの次の課題

人の声が聞き取りにくい

静かな環境では人の話も聞けるようになって自信となり、人と会うことでエネルギーが溜まり、元気になってきました。そうすると人混みに出る機会が増えた中で次の問題がありました。

「音を全て拾っている。聞きたい音が分けられていない」こんな状態に気がつきました。

少々こちらは混乱しました。静かな環境であれば、聞きたい音や声を聞けることに集中できたのですが、ガヤガヤした外の環境や人の声が単独でなく複数重なる中で特定の音を聞き取ることができていないのです。

聴覚過敏で始まった状態から、このような課題が見えてくるなんて、なってみないとわかりませんでした。そのため、人と話す時に「全ての音を拾ってしまうようなので、聞き返すことがあるかもしれません」と前置きが必要でした。

聴覚過敏について調べている中で「聴覚情報処理障害(APD)」というものも知りました。耳は音を聞き取ってから脳で情報を処理しているんだなと気付かされた内容でした。

YouTubeでは笑歩(えふ)さんも発信しています。

自分の声に疲弊している

静かな空間で防音道具をつけずに自分が話していると、耳がピンピンと疲れてきていました。相手の話を聞いている時は問題がないのに、自分の声のボリュームを落としているのに、疲れる。疲れたと思ったらヘッドフォンをする必要がありました。

こちらは歌を学んできた知識からイメージしました。自分の体と空間の広さや場所の材質、空気で音量は変わるので、自分に響かない低さや喉で声を出す、話す分量が多くならないように選んで話す、そんなことが必要でした。と言ってもそこまでできませんでした。この頃、吸入器の副作用で声が枯れていたので、ハスキーボイスになりより声が出しにくくて困りました。

まさかの場所で原因がわかった

仕事の配慮については心療内科に相談をするかと、適応障害でお世話になった心療内科に久しぶりに出向きました。すると「聴覚過敏になったの?顔面神経の麻痺だよ。鼓膜を調節するアブミ骨というのがあるんだけど、麻痺によって動かなくなっているんだよね。それに対処すればね、後遺症はここでも診てきてるからね、治るよ」と。

「え?まさかの心療内科で原因がわかるなんて?」半信半疑でしたが、神経を緩める服薬。星状(せいじょう)神経節がある自分から見て喉の右側と、迷走神経が通る左耳の後ろに赤外線を当てる治療を行うことになりました。私は半信半疑です、そして回数が必要とのことで私はごねたので、状態を見ながら継続するか相談することにしました。

ちょうど心療内科に相談する頃、コロナ後遺症外来を開いているヒラハタクリニックの先生が発信している情報を時折チェックしていました。そちらにピンク色の本の紹介があり、ポリヴェーガル理論(緑色の方)の本を読んでいる最中でした。



神経は大きく3つ、交感神経・副交感神経・迷走神経があり、色をつけて自分の状態を観察していく方法が書かれていました。神経についてちょうど読んでいたので「迷走神経、ふん、そうなのね」みたいに腹落ちしていました。そして

「笑えなくなってるでしょ?」と医師に言われました。

そういえば、コロナになって頭痛や呼吸、寝たきりのしんどい状態で笑うことなんてぐんと減った。口を動かすのは食事や最低限の返事であった。聴覚が過敏になって自分の声が響くことでますます口を動かさなくなった。顔の筋肉を使う機会が減って約2ヶ月が経っていました。「よく食べてよく笑ってね」と筋肉を動かす必要性も進められました。

顔面神経麻痺についてわかりやすく説明している病院がありました。

こちらでSR検査(アブミ骨筋反射検査)というものがあり、これはより知るために診てもらおうと出向きました。そうするとこちらでも問題ないとのことだったのですが

「コロナによる自律神経の乱れだから(服薬)2種類出しときますね」と耳鳴りやめまいなどの治療で使われる服薬をもらいました。

やっぱりコロナって神経の病気なんだ、怖ッ!

合計6種類ほど神経に関する服薬になっており、プラス呼吸機能の吸入薬と錠剤1種類。たまに飲み忘れてるんじゃないかと壁におくすりカレンダーが欲しくなりました。

最後に

現在は適切な治療のおかげか、生活音の響きが気にならなくなり、外出時もお守りとしてヘッドフォンを持っていますが、イヤフォンで挑戦しています。

しかし、夕方以降になると1日の疲れなのか、響きやすい状態になることがあります。

もしかしたら、適応障害の復職時、働き方を変えることが必要だったように「音に対して生活の仕方を工夫」しながら聴覚過敏に付き合っていくことになるのかもしれない、とも頭の片隅に入れています。まだ全てを受け入れたわけではないですけどね。

今後の私の課題は、休息の取り方、疲労の蓄積が以前よりも早くなることを意識して自分なりの方法を見つけていくのがいいのかなと思っています。

コロナ後遺症に悩まされた、現在後遺症に苦しんでいる・向き合っている、周りの人で後遺症になっている人がいる、そんな方々へまず伝わっていけたらいいなと思います。

この記事が、自分自身を認められるきっかけのお役に立てたら幸いです。また次の記事でお会いしましょう。

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